知らないと分からないが知っていると安心して対応できる疾患の代表的な例に一過性全健忘(Transient Global Amnesia; TGA)があるのではないでしょうか。今回は救急外来におけるTGAの対応に関してまとめてみます。
一過性全健忘とは?
一過性全健忘(以下TGA)は1960年前後に報告が散見され1964年に初めて疾患概念として報告されました(PMID: 14198929)。
典型的な症例は50−70歳代が突然の”attack(発作)”を経験します。発作の期間中は新規の記憶が困難となります(前向性健忘)。大体の場合は逆行性健忘も伴うことから発作がいつから出現したのかも覚えていません。目撃がある場合もあるのですが前向性健忘の出現にはすぐには気付けないため「突然おかしくなった」という病歴は曖昧なときもあります。家族が帰宅したら変になっていた、という形の発症様式も珍しくありません。出現のきっかけは身体的あるいは感情的なストレスや痛み、サウナや性交渉などとされますがはっきりしないときもあります。
7つの診断基準も提唱されており基本的にはこれに矛盾しないかの確認も有用かと思われますが目撃が必須であったり24時間以内に消失するなど救急外来での診断には利用できない項目も多くあります(Handbook of Clinical Neurology. 45th ed. Elsevier; 1985: 205- 218.)。
- the attack is witnessed(目撃あり)
- there is clear anterograde amnesia(前向性健忘)
- the absence of other neurological symptoms during the attack(発作中の神経症状なし)
- the absence of abnormal neurological examination findings(身体所見で異常な神経所見なし)
- memory loss is less than 24 h(24時間以内の改善)
- there are no epileptic features or history of same(てんかんや同様の症状を繰り返さない)
- there is no recent head injury(頭部外傷の既往なし)
目撃がない場合はてんかんなどがなかったか、頭部外傷がなかったか、という確認に血液検査や頭部CTで異常がないかの確認は有用かもしれません(連れてくる家族も頭部CTくらいは撮って欲しいと通常考えている)。一通りの神経所見も確認して麻痺などがないかは確認しましょう。
これがあったら診断確定、となる検査はありませんので正しく診断するにはTGAの病像と合致するかを正しく評価すること、になります。これは「前向性健忘の発作中の患者の特徴を把握すること」だと考えます。その特徴は焦燥感です。
新しい記憶が保てないため本人は数分立つとすぐに自分の状況が分からなくなります。
「家族に自分の状況を何度も確認する」
「検査に行って戻ってきたときには担当医のことを覚えていない」
といった形で何度も何度も「なんで自分が個々にいるのか」「今何をしているのか」を確認してきます(逆にあまり焦燥的でないのは認知症でしたね)。一方で長期記憶は保たれていますから生年月日、一緒に来た家族が誰であるか、目の前の人が(格好などから)医師であること、などに関する理解は可能です。
画像検査は必要か?
麻痺などを伴わなず短期記憶能の障害がでるため脳梁部(PMID: 12736096)、海馬(PMID: 22920366)の梗塞であったとする症例報告は多く認められます。症状が消失していても後日MRIで異常を認める場合もあるようです(PMID: 15746236)。
そうすると全症例でMRIか、となりかねませんがルーチンのMRIに関しては否定的なデータが出ています。発症12時間以内のMRIは感度が非常に低く(16%)脳梗塞の除外には不向きです(PMID: 35633071)。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/acem.14540?fbclid=IwAR2pqKFrK2Iqep-ym728aBLpL5s7AJk_ieFSm_Hp0MpjiiwXDmr1fGTSfO8
どのような患者に画像を検討するか
ルーチンの検査は不要、ということは理解できたとしてではどのような患者にMRIを検討するべきなのでしょうか。これには明確な基準はありませんが管理人の私見では次のような点が適応を検討する要素と考えます。
- 神経所見に異常を認める場合
- 複数回の発作を経験している場合(特に短期間で)
- 動脈硬化性疾患のリスクが高い場合(糖尿病、高血圧、透析などが複数ある場合)
- 典型的でない高齢発症
- 24時間異常続く発作(これは救急外来では稀)
このような典型例から大きく外れてる患者には画像検査を提案しましょう。また、TGAと診断して帰宅させるときも翌日になっても続いていたら受診を促すようにしましょう。そうでなくても発作時は本人の焦燥的な振る舞いが家族にとってもインパクトが大きいので内科のフォローを積極的に組むとよいかもしれません。
- TGAは知っていると診断は難しくない
- 発作中の焦燥感は重要な手がかり
- MRIは原則的には不要だが必要な症例を考慮する
- 典型例を正確に把握しよう
おまけ:短期記憶障害に関して
メメントという映画は短期記憶障害の主人公が描かれており焦燥感のイメージがつきやすいので映画好きの人は一度見てみてはいかがでしょうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/メメント_(映画)
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